基礎工2014年9月号執筆原稿より(掲載許可取得)※原稿PDF
土木あるいは建築でも,主に鉄骨造やRC造を手がけている方にはなじみがないことかもしれないが,戸建住宅等小規模建築物の市場では住宅建設会社に対して「地盤保証」を提供するというビジネスモデルが存在する。 これは地盤調査や地盤補強工事を行う際に,その調査や工事に瑕疵があり不同沈下が発生した場合,当該建築物を元の状態に修補するという約定を交わすものであり, 通常の調査費に数万円の保証料がプラスされる。
現在小規模建築物は年間40万戸程度として,地盤保証が付加されている物件は半数程度あるのではと推定される。本稿では地盤保証の成立ちや特徴,問題点・課題などを述べてみたい。
戸建住宅でも地盤調査(主にスウェーデン式サウンディング(SWS)試験) が行われるようになったのは30年ほど前 からである(写真―1)。まずは大手ハウ スメーカーが不同沈下防止を目的に始めたものであり,年々増加していったものの軟弱地盤と判定されれば地盤補強に数十万円以上の費用がかかることもあり, しばらくは地方の工務店にまで浸透するというほどではなかった。
戸建住宅における地盤調査実施が急激に増えたのは,2000年4月施行の「住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確 法)」がきっかけである。この法律は基礎・柱・屋根など主要構造部分に10年間の瑕疵担保責任(修補請求権)を義務付 けたもので,この法律以降,施主との間に構造部分の免責特約を設けることができなくなった。基礎・地盤に関していえば,一部に残っていた地盤に起因する問題は施主側の責任でもあるという考え方が払拭された法律である(図―1,図―2)。
またこの頃から,㈶住宅保証機構(現 在は株式会社)や㈱日本住宅保証検査機構(JIO)などによる住宅保証制度が普及し始め,保証の条件として当然地盤の確認を要求したことが地盤調査増加の要因となった。
さらに2009年10月施行の「住宅瑕疵担保履行法」においては,瑕疵保険引受けの保険法人が設計施工基準でより詳細な基礎・地盤の基準を設けた。これにより,事実上,戸建住宅においても地盤調査を義務付けられたこととなり,現在にいたっている(図―3)。
地盤保証という用語が使われ始めたのは1990年頃ではないかと思われる。当初は地盤補強工事の設計・施工の瑕疵により不同沈下が発生した場合に保証するというもので,地盤調査は住宅基礎設計への提案的なものとして保証の対象外であった。この地盤保証は地盤調査および地盤補強工事を行う事業者(地盤業者)が営業上の付加価値として設定したもので,保証の裏付けは損保会社の生産物賠償責任保険(PL保険)であった。なお,保証書は発行するものの,多くは保証料を別に要求することはなかったようである。
この当初地盤保証の発展形が,地盤調査も含めて地盤業者の瑕疵により不同沈下が発生した場合は保証する,というもので,例えば地盤調査で直接基礎対応可(つまり地盤補強不要)と判定したものの,その調査の瑕疵で不同沈下が生じた場合も保証するというものである。この段階で別途,地盤保証料(3万円から5万円程度)というのが存在することとなり,保証主体としては地盤業者ネットワーク的なものや地盤業者が独自で行うものな ど,1社2社と増えていった。これは地盤業者にとっては営業手段でもあり,また沈下事故賠償のリスクヘッジでもあった。そして住宅建設会社にとってもリスクヘッジであり,建築主に対する地盤のアピール手段であったと考えられる(図―4)。
地盤保証が大きく広まったのも2000年4月施行の品確法である。これは住宅保証制度取扱い機関(前述の日本住宅保証検査機構や住宅保証機構)が地盤保証を行ったことが大きな要因と思われる。品確法に基づいて新築住宅を検査して保証する機関が別途地盤保証を行うということは,通常の住宅保証では地盤は対象外ではないかと捉えられることとなり,ここに地盤業者および地盤保証事業者と住宅建設会社との利害が一致したのでないかと推察される。
その後,2009年の瑕疵担保履行法を経ても地盤保証件数は拡大の一途をたどった。これは地盤保証と地盤調査とセットで,つまり地盤保証付き調査を提供する企業が大きく受注を伸ばしたことによる。現在では大手地盤保証事業者が数社存在し,これら企業でかなりのシェアを獲得していると思われる。
地盤保証の裏付けとしている損害保険「生産物賠償責 任保険(PL保険)」について述べたい。PL保険とは生産物や仕事の結果(地盤でいえば調査や補強工事)に起因して,他人の生命や身体を害したり,他人の財物を滅失・破損または汚損した場合に,法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害(損害賠償金や争訟費用など)に対して保険金を支払うものである(三井住友海上のパンフレットから引用)。
例えばテレビが発火して近くの壁が焼損した場合に, その壁を修補する費用を支払うというものである。ここで注意したいのは,通常のPL保険は仕事の結果に起因する拡大損害に対して支払われるもので,自分の仕事の損害(この場合はテレビそのものの修理)には支払われ ないことである。
地盤を例にすると,地盤補強工事にミスがあり建物が傾いた場合,保険の対象となるのは建物への拡大損害である壁のひび割れやドア・窓の建付け修理などであり, 建物を水平にするための傾き修正工事は地盤補強そのも の(自分の仕事)のため対象とはならない。これが大方の損保会社の見解であり,当初の地盤保証制度の大きな 問題点であった。
建物を水平に戻す工事は数百万円以上かかることが多く,それがPL保険の対象外であるならば地盤保証の裏付けとはならない。そこで登場したのが地盤特約付きPL保険である。これは傾き修正工事も保険支払の対象にしたもので,保険料は随分跳ね上がるが地盤保証の内容に近づいたものとなり,地盤保険と呼べるようになった。表―1に地盤保証や地盤保険がてん補する項目内容 のイメージを示す。
地盤保証・地盤保険がさらに発展したのは10年一括保険である。通常,損害保険は1年更新を繰り返していくが,契約者が倒産するなどして更新ができなくなると保険の効力は消滅する。これを解消したのが1回の契約で保険責任期間を10年としたものである。これにより建築主から見た地盤保証者である住宅建設会社,地盤業者,
地盤保証事業者のいずれかまたは全部が倒産しても,地盤保証・地盤保険は10年間有効となった。
これまで述べてきたように地盤保険はかなり充実して きているが,地盤特約も10年一括も損保会社とのかなりの信頼関係がなければ誰でも契約できるものではない。 地盤保証と謳っているものの十分な地盤保険の裏付けがないことも考えられるので,注意が必要である。
地盤保証のフローは次のような3つの種類で捉えることができる。それぞれについて特徴を述べる。
5.1 地盤業者が単独で保証主体となるもの
この形態は地盤業者が単独で地盤保証の保証主体とな り,住宅建設会社や建築主に対して保証書を発行するものである。保証の裏付けとして損保会社とPL保険の契約を結ぶことが多い。当初はこの形態が多かったが,地盤業者の倒産時には保証も保険も消滅するということ,
もうひとつは通常のPL保険では損害のすべてをカバーできないことが明らかになり,次第に次に説明する形態に移行していった(今でも営業品目の1つとしている地 盤業者は多い)。
5.2 地盤保証事業者が地盤保証制度を運営して地盤業者が利用する
これは地盤保証ネットワーク的なもので,地盤保証を専門で扱う法人が複数の地盤業者に対し保証制度を提供するものである。この仕組みでは,地盤業者が倒産しても保証は継続することが多い。PL保険の内容も地盤特約付きや10年一括保険など充実していると思われるが, 実際に損保会社と契約している保険内容は地盤業者や住宅建設会社からは見えにくい。この形態では特に地盤保証事業者自体の信頼性が問われる。
5.3 地盤保証事業者が地盤業者に調査を依頼して,地盤保証付き調査として販売する
前々項で述べた地盤保証と地盤調査をセットで住宅建設会社に提供する形態がこれで,実際の地盤調査は下請け的に地盤業者が行う。地盤補強工事は, 保証事業者が住宅建設会社の窓口となる場合と,地盤業者が直接建設会社と取引する場合がある。この 仕組みは地盤業者にとっては沈下事故賠償のリスク
ヘッジにはなるものの,ある意味,本来顧客としてきた住宅建設会社が奪われることになり,業界事情としては複雑である。また,地盤業者が下請けとして調査や補強工事を行うため,技術的主体性が欠け,品質向上への意識低下が懸念される。
品確法に基づいた瑕疵担保履行法においては,基礎の瑕疵による不同沈下は保険の対象としている。にもかか わらずなぜ別に地盤保証が必要なのか。これは品確法 行当時の建設省住宅局住宅生産課監修の解説が影響を与 えているように思う。
地盤は構造耐力上主要な部分に含まれないが,住宅を設計・施工する場合には地盤の状況を適切に調査した上で,調査の結果に応じた基礎の設計・施工を行うべき義務がある。例えば地盤が軟弱であるにもかかわら ず,地盤の状況を配慮しない基礎を設計・施工したた めに不同沈下が生じた場合には,基礎の瑕疵として本法の対象となる。
冒頭部分で地盤自体の瑕疵は品確法の対象ではないと している。基礎設計に関係のない地盤の瑕疵とは何かをいくら考えても分からないのだが,この文言があるために,不同沈下事故の対応はケースバイケースで瑕疵保険が支払われないこともあるのでは,という認識が業界に残ってしまったのではないだろうか。
加えて,瑕疵保険実施当時保険法人のうち3社が地盤保証制度を実施していた(現在は2社)。すなわち保険法人自らが「地盤は別物」をいっているようなものである。
実は,地盤保証の取扱いを止めた保険法人が,2012年 11月のパンフレットに「住宅瑕疵担保責任に加入していただくことで地盤の瑕疵は基礎の瑕疵としてリスクヘッ ジとなります」とはっきりと記載している(図―5)。
このようにいい切ったことに驚きを覚えたが,他の保険法人でこのような記載をした資料を見たことがないので,統一見解でないのかもしれない。個人的にはいまだに基礎の瑕疵と地盤の瑕疵の関連性はあやふやなままで, そこに地盤保証を利用しなければならない事情があるの だと認識している。
2014年5月の国会の国土交通委員会質疑で,国交省住宅局長から興味深い答弁があった。「瑕疵担保履行法が 施行されて4年。2013年12月までの保険引き受けが218 万件。そのうち不同沈下で基礎に問題が生じたと判断して保険を払ったのは18件だった」。
この数字を漫然と聞 けば,やっぱり沈下事故は起きてたのかという程度かも しれないが,注目すべきはその沈下事故比率(正しくは不同沈下による保険支払比率か)である。218万件の約半数はマンション等と思われるので戸建住宅は半分の109万件として,109万分の18はわずか0.00165%である。 沈下事故の統計が困難な中で,十数年前は1,000件に1件のリスク割合(0.1%)ではないかといわれ,それに基づいてPL保険の設計が行われていたように記憶している。それと比べると驚異的に小さな数字である。
もちろん,沈下事故を保険法人に届け出ないで他の地 盤保証などで修補した事例はかなりあると思われる が,18件を10倍しても180件,0.016%,20倍しても360 件,0.033%。先の0.1%と比べてまだ小さい。
筆者は,二,三の地盤保証事業者と技術協力などで関わりを持っているが,ここ数年不同沈下事故は1万棟に1件もない(0.01%以下)。また2年ほど前,ある瑕疵保険法人の会合で,不同沈下事故が激減しているグラフを見たことがある。守秘義務や個人情報保護によって沈下事故の統計が取れないのがはがゆいが,前述の住宅局長の答弁と合わせて考えると,住宅の不同沈下事故は瑕疵担保履行法あたりからかなり減少していると確信して いる。
参考までに,沈下事故が減少した要因と思われることをいくつかあげておく(手前味噌のところもあるが)。
地盤保証の問題点・課題として次のようなことがあげられる。
8.1 地盤保証ありきのモラルハザード
住宅建設会社は地盤補強費用を抑えたい。地盤業者は安くしても受注したい。となると,モラルハザードが生じる恐れがある。沈下リスクのある地盤でも保証があるから補強なしでいこう,あるいは材料を抑えた地盤補強設計をする,というようなことである。傾いたら保証で治せばいいという考えは,建築主が安心できる住宅を提供するという使命から外れているといわざるを得ない。
8.2 大手地盤保証事業者の競合
どの業界でも競合があって当然だが,大手地盤保証事業者が競合キャッチフレーズ的に使う「当社は地盤補強判定率が低い」はどうにも腑に落ちない。補強判定率は 技術判断の単なる結果数値であって,例えば地域別・地形区分別の判定率であれば地盤判断の目安として有効な 情報であるが,「だから当社は安い」的な営業手段とし て使うのは間違っていると考える。まるで技術を放棄し て,地盤の判断は自由になりますといっているように聞こえるのは筆者だけだろうか。
8.3 地盤保証は今後も必要か
地盤業者の多くは地盤保証制度を利用していながら, 地盤保証を付加しない物件のリスクヘッジのためPL保 険にも加入している。PL保険は企業の売上高に応じて保険料が決定されるが,通常は地盤保証を付けている物件の売上は控除されない。つまり二重に保証・保険に入っている部分があるということになる。今後沈下事故 がある程度まで減るとすると,住宅建設業者の瑕疵保険, 地盤業者のPL保険,それに加えてまで地盤保証が必要なのか問われるようになるかもしれない。
「住宅地盤の品質向上および地盤事故の根絶」が筆者が所属するNPO住宅地盤品質協会の目的である。一般的に地盤保証制度の運営には調査・補強工事基準の整備が欠かせないことから,上記の目的に対して地盤保証が果した役割はあった。
しかし,一方で前項のような問題点・課題を抱えてい る。今では定着している地盤保証ビジネスモデルであるが,今後どのような方向性がいいのか,そして我々地盤業者は何をしなければならないかを考えていきたい。
執筆:新松正博(NPO住宅地盤品質協会事務局長)